最近は、物珍しさも手伝ってか、当地方のメディアの取材を受ける機会が多くなりました。長年バリ・ガムランと係わってきた私にとっては、もはや当たり前になってしまっていることを、改めてたずねられ戸惑うこともしばしば…そこで改めてその魅力について考えてみました。

うなり

音の高さは音波の振動数=周波数、ヘルツで表されます。うなりとは、周波数のわずかに異なる2つの音波が干渉し合って、周期的に「わん、わん、わん…」と、音が強くなったり弱くなったりして聞こえる現象です。

うなりの周期は、音の差が小さければ遅く、大きければ速くなります。チューニングをしていてだんだん音が近くなっていくと周期が遅くなり、2つの音が合ったところで聞こえなくなります。毎秒のうなりの回数は2音の振動数の差に等しく、例えば、1秒間に1回のうなりがあれば、1ヘルツ(振動の回数・回/秒)の差があるということになります。

バリのガムランのほとんどの楽器は2台で1組になっていますが、その2台の楽器は、同時に叩いた時にうなりが生じるよう、わざとピッチがずらしてあり、低い方をプングンバン(Pengumbang)高い方をプンギサップ(Pengisep)と呼びます。この寄せては返す音の波がガムランの本質と言えます。

西洋音楽では、チューニングによりうなりを排斥して楽器を調律しますが、バリのガムランでは、1つのセットのすべての楽器を鳴らした時に生じるさまざまなうなりを加減して、全体で心地よい響きになるように調律されています。

ガムランは鍵板打楽器ですから、弦楽器や管楽器のようにその場でピッチを調整することはできません。ピッチを変えるには青銅の鍵板を削らなくてはならないのです。

うなりを活かす調律法は、日本の三味線や琵琶をはじめ、東洋のさまざまな伝統楽器にも用いられています。東洋人は昔から、うなりも音楽の一部として捉える感性を持っていたようです。

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音階

現在バリのガムランは、主に5音音階を用いています。つまり1オクターブに音が5つしかありませんが、うなりが生じることにより、独特の豊かな響きになります。

5音音階には、ペロッグ(Pelog)とスレンドロ(Sulendra)の2種類があります。ペロッグ音階はいわゆる「沖縄音階」に似た音階、スレンドロ音階はいわゆる「ヨナ抜き音階」に似た1オクターブをほぼ均等に分けた音階です。

当会で所有するゴン・クビャールはペロッグ音階、グンデル・ワヤンはスレンドロ音階です。

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音高・音程

ガムランの楽器は、西洋楽器のような規格化されたものではなく、それぞれのセットによって音高や音程関係は異なります。

たとえば西洋音楽では、「ラ」は440ヘルツ(時報の音)と決められていますが、ガムランでは基音の周波数は特に決められていませんし、同じセットのそれぞれの楽器も、うなりが生じるようにピッチがずれています。そして1つのセットとして調律されているわけですから、別々のセットの楽器は一緒に演奏することができません。つまり、A村の楽器が足りないからといって、B村の楽器を借りてきて一緒に演奏するというわけにはいかないのです。

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消音

ガムランのほとんどの楽器は、青銅でできていますから、叩いた音は長く持続します。そのままで次の音を叩くと音が混ざり濁ってしまうので、次の音を叩くと同時に前に叩いた音を止めなくてはなりません。

右手にバチをもって叩くガンサ類は、左手で鍵板を握ることにより音を止めます。両手にバチをもって叩くグンデル類は、両手の平を器用に使って音を止めます。

右手で叩いて左手で止める、つまり右手にワンテンポ遅れて左手が追いかけるという動作は、習得するまでに少し時間がかります。慣れてしまえば、左手は自動的に動いてくれるのですが、慣れるまでは、個人差はあるものの、かなり悩む場合もあるようです。

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コテカン

コテカン(Kotekan)とは、2人で1つのリズム/旋律を作る演奏技法です。簡単に言うと、相方が叩いていない隙間に音を埋めていくという技法です。また、両方が叩く箇所にはアクセントが付きます。

太鼓や「ケチャ(Kecak)」は、この技法により独特のリズムを生み出します。旋律打楽器では、1つの旋律を2人で分担することで、より速く演奏することができます。

目にも留まらぬ速さで繰り返される息のぴったり合ったコテカンは、まるで魔法のようです。

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構造

低音楽器が骨格となる旋律を演奏し、高音楽器がその旋律を修飾します。

低音楽器が1つ叩くところを、中低音楽器は2つ、中音楽器は4つ、高音楽器は8つ叩くという具合です。骨格旋律が鳴るときは、必ずその音に落ちなければなりませんが、その間の経過音にはいくつかの可能性が考えられます。但し、大勢で演奏するわけですから、どの音を使うかは前もって打ち合わせておかなければなりません。

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反復

ガムランの曲には繰り返しの部分が多くあります。

形式によっては4音しかないフレーズを延々と繰り返すものもあります。速いテンポの場合はフレーズ音の間に4音入れて修飾しますが、遅いテンポになると8音、16音というふうに増やしていき、もともと4音しかない単純なフレーズを複雑に展開していくことができます。

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指揮者

ガムランには目に見える形での指揮者は存在しませんが、クンダン(太鼓)がその役割を果たします。

クンダン奏者はその音の強弱やリズムによって、曲の始まり、緩急、展開、終りなどの指示を出します。そのため、よく運転手に例えられます。つまり、クンダン奏者が楽団にエンジンをかけ、アクセルを踏んだり、ブレーキを踏んだりするわけです。

旋律打楽器では、ウガル奏者が水先案内人に例えられます。ウガルの音は曲を先取りし、ガンサ奏者たちの道標となります。

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楽譜

ガムランは伝統音楽ですから、当然、西洋音楽のような楽譜はありません。

曲を覚えるためには、先生の演奏を耳で聴き目で見て真似するという行為をひたすら繰り返すしかありません。これは根気のいる作業ですが、実際にやってみると、あっという間に時間が過ぎてしまいます。

短いフレーズなのになかなか覚えられない時も、バリの先生は辛抱強く何度も繰り返してくれます。そして、後で頭の整理がつくと、なーんだ!ということがしばしばあります。

実際の演奏においても、ボーッとしてしまって、何回繰り返したか、自分が今どこ(曲のどの部分)にいるのか分からなくなることがあります。そうすると、自分の位置を確認できるまで、ヒヤヒヤしながら演奏することになります。ガムランは、かなりの集中力を要する音楽なのです。