009 母の原爆体験
子供の頃からほとんど毎年といっていいほど聞かされてきた母の話。
昭和二十年、母は旧制女学校の四年生だった。今の高校生の年頃で、岩国にある民間会社、現在の「テイジン」の工場へ動員されていた。
モンペにはちまき姿で、ボール盤を扱っていた。薄い金属の板にドリルを当て、レバーを手前に引いてピピピピピっと穴をあける。細い金属片が、くるくるくると巻き上がった。手は金属の粉だらけで、作業が終わると手をシンナーにつけて洗ったが、しみ込んだように汚れは落ちなかった。
ある日、作業中に空襲警報が鳴った。ここ数日たて続けにあったのでもう慣れてしまっていた。作業を中止し、点呼をとり防空壕へ向かう。
いつもなら、やがて飛行機の爆音が聞こえてくるはずだったが、この日は違った。いつまでたっても聞こえてこない。おかしいなと思いつつ、友人ら数人と外の様子を見てみようと壕を出た。
太陽の光がまぶしい夏の真っ青な空があった。その時、空がピカッと光った。何事かと思うような空一面の凄まじい光だった。続いて地響きの様な音がドドドーンと響いた。
何が起こったかわからないまま立っていると、東の方角にモック、モック、モックと雲が段を重ねるように空へ沸き上がっていった。
「ありゃあ、油会社がやられたね」
後ろにいた数人の中から誰かが言った。広島が全滅したという話を聞いたのはその日のうちであった。
私がもっとも現実性を感じて聞く原爆の話である。
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