008 父と母

庭木をいじっている父の姿がすうっと消える。同じように台所で炊事をしている母の後姿が消える。沈黙だけが残る。手入れされない木々は風に吹かれている。使わなくなった食器は棚で眠っている。

父が死んだら、わたしはほっとするだろう。

父の不安定な思考と行動がなくなることに。そして思い出すだろう。

父とキャッチボールしたことを。山の鎖の登り場で、もうだめだと音をあげた自分を、できる、と元気づけてくれたことを。夜、困ったときに車で迎えに来てくれたことを。大学合格を満面の笑みで喜んでくれたことを。わたしと口論になっても、常にわたしを愛してくれたことを。

わたしはそのとき、失ったものの大きさに泣くだろう。

母が死んだら、わたしは泣くだろう。

毎日の食事を用意してくれた、衣服をきれいに保ってくれた、健康を気遣ってくれた、それらの気遣いを失ったことを。社会での作法に、将来に気を配ってくれた細やかな気持ちを失ったことを。今に至るまでのすべての時間、ふりそそいでくれた愛情を失ったことを。

わたしはそのとき大事にしようと思うだろう、母の愛情を受けたこの体を。

自分をあきらめることは父と母の愛情をだいなしにする。そうしないために、わたしの内に強い意志が生まれるだろう。愛情を、確かに感じるためにわたしは生きるだろう。

そのためにも沈黙をわたしは受けとめねばならない。


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