003 消去

3歳から26歳まで住んでいた市営住宅が、跡形もなくなくなっていた。それを見た瞬間、自分の過去がすべて消されてしまったと思った。

住宅は5年前の1997年に、その役割を終えて正式に取り壊されることが決定されていたが、その後も、建物は無くなっても敷地や道はそのまま残っていて、なつかしい気分を味わわせてくれていた。

夕方、走って家に帰った坂道はもうない。泣きながら帰ったこと。父親とキャッチボールしたこと。溝でかえる釣りをしたこと。初めて乗った自転車で走ったこと、転んだこと。家族で夕涼みしたこと。友達とかくれんぼしたこと。カエルの声、遠くに見えたつくり酒屋の建物、その向こうの太華山。

そこにあったすべての生活の痕跡は全くない。そこに住んで笑ったり泣いたり、悩んだり喜んだりした人のことは、それぞれの人の思い出の中にしか残っていない。そして、その人が死ねば、それもなかったことになる。

私が私であることやここに存在していることは、私や人の記憶によって成り立っているのであって、それがなくなれば、何もないのだ。いや、過去の自分というものはすでになくなっている。街は変わり、人も変わる。今は一瞬にして過去になり、その過去はなくなる。

自分は過去もふくめて、今の自分として認知されているかのように思い込んでいるが、それは記憶がそうさせているだけで、今の自分は今でしかない。よく昔と変わったとか、昔から変わらないとか言うが、それは今の自分からみた納得のいく理由づけでしかない。

今の自分がすべてであり、やがてそのすべてもなくなる。


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