002 蜘蛛を殺す

私は蜘蛛が嫌いだ。
 山なんかで網をはっている黄色い縞模様の蜘蛛もそうだが、最もダメなのが、家にいて網を張らず、英語のダブリューを四つ重ねたような姿で、壁と天井の交差する角にじっといる蜘蛛だ。それを見ると、足首辺りから背中までゾゾゾゾワアっと体に震えが走って、頭の髪の毛が逆立っているのではないかと思うほど、頭のてっぺんの皮膚が目覚め、からだの筋肉が硬直するのがわかる。
 先日風呂に入ったときのこと、石鹸やシャンプーが置いてあるプラスチックの台をちょっと触ったとき、足元でスッと何かが動いたような気がした。私は視力は0.1以下なのに、どういうわけかこういうときは良く見える。おそるおそるそこら辺りをたたいてみると、シャッと出てきた。あのWの足をもっている。憶病なのですぐにたたいて殺すこともできない。なんとか逃げて欲しいのだが、どうしていいかわかない。狭いところだから、向こうもジッとしておられず必死になって動きまわる。
 そうなるともうだめだ。私の殺人鬼が目をさます。風呂釜みがきのブラシをやたらに振り降ろす。が、なかなか当たらない。最近は腕が鈍くなって蠅や虫をたたいて殺すのが下手になった。それに相手は狭いところに体を入れて打撃をかわす。それで、風呂の湯舟の湯をかける。何度かかけているうちに、蜘蛛は弱ってきた。最後に足を縮こませて仰向けになった。それでもまだ納得できない。最後に風呂釜みがきの柄のところでとどめの一撃を加える。そのあと、ティッシュを何枚も重ねて厚くして手にそれの感触が伝わらないように包みトイレへ放り込んで水で流した。
 一度目にすると、しばらくの間、トイレに入っても風呂に入ってもドアを開け、ゆっくりと中の様子を確かめる。頭の上の部屋の角を恐れながら注意して見る。トイレットペーパーやタオルの向こう側にいないか気になる。
 蜘蛛は攻撃してない。それどころか、人を見ると一目散に逃げ出すし、追えばなおさら逃げていく。そんな姿をなぜこれほど恐れるのか。考えるほど自分は無慈悲な殺しをしているとわかる。殺そうとしている最中にもわかる。やめようかとちらっと思うができない。わかっていながらやめられない。恐い。とにかく恐い。圧倒的優位でありながら恐い。
 こんな感情をもっているのは異常ではないかと思うときがある。しかし、ゴキブリでも蛾でもねずみでも同じことをしている人がいるので誰にもあると自分を納得させる。だが、体重85キロもある大きな人間が小さな蜘蛛におびえるのだからどう考えても狂気である。恐怖に支配された時、何の理屈も通じない自分をみる。


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