版築工法の跡を確認

 

 

瀬戸内タイムスより  

 神籠石は、石城山の中腹8合目あたりを列石が鉢巻状に巡る、総延長2533メートルの古代遺跡。列石が谷間を横切る所には水門が設けられている。昭和10年、国の史跡に指定された。
 石城山神籠石に関しては、神聖な場所と俗域を分かつ神域説と、山城説があるが、昭和38、39年に行なわれた国の文化財保護調査委員会による発掘調査で朝鮮式古代山城遺跡とされた。
 しかし、列石が精整されていることから、近年は神域として神籠石を設けたあと、土塁を造って山城とした『時差神域説』も唱えられている。
 神籠石が崩落したのは東水門近く。幅4メートル、高さ2.5メートルの範囲の約5平方メートルにわたって多数の列石が崩落しているのが昨年7月、発見された。
 光市教委は、復元に向けて神籠石保存修復事業として、調査設計等委託料400万円と保存修復工事費500万円の計900万円を平成17年度予算に計上。国指定の史跡であることから、900万円のうち、国が2分の1、県と市が4分の1ずつ負担する。
 神籠石についての本格的な調査が行なわれるのは、昭和38、39年に国が発掘調査して以来、40年ぶり。神籠石の謎に迫る手がかりが得られる可能性もあり、注目されている。
 すでに測量や設計、写真図化の調査作業は終了し、昨年12月8日から末延建設に委託して保存修復工事に取り掛かっている。
 これまでの調べによると、崩落した列石は43個。50センチ前後のものが多い。崩落個所は岩盤を利用して、その上に列石を組んだ部分で、岩盤の風化が進み、もろくなっていたという。
 また、列石が外側に張り出し、崩壊の恐れがあったことから、16個の列石をいったん取り除いた。
 これにより、保存修復が必要な列石は59個。ほかにも外側へ張り出している列石があることから、さらに増加する可能性もある。
 このように崩落個所が風化の進む岩盤の上部にあることから、修復工事が難しく、市教委は県文化財保護課と工事方法を協議中。13日訪れた文化庁の白崎恵介文化財調査官からも指導を受けた。修復工事は当初、1月末に完工の予定だったが、さらに延びる可能性もある。
 一方、県文化財保護課埋蔵文化財班は昨年12月19〜26日、発掘調査を実施した。幅1メートル、高さ5.2メートルのトレンチ(試掘坑)を掘って調査した結果、比較的丁寧な版築工法による土積み作業を繰り返し、その前面に列石を組み上げ、最後に土塁状の盛土をしたとみられるという。トレンチには版築工法により積み重ねられた土の層が残っている。
 版築工法は朝鮮半島から伝わったとされている工法で、板などで枠をつくり、土や砂利を入れて、一層ごとに突き固めながら積み上げていく。昭和38、39年の国の発掘調査では石城山神籠石の基盤は版築工法により築かれたとしている。
 また、列石には水抜き穴など排水設備が見つかっておらず、土器なども出土していない。