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 ■伊藤博文の生涯

伊藤博文(1841〜1909)

 熊毛郡束荷村(現:光市)に林十蔵、琴子の長男として生まれた。幼名を利助。萩に引っ越した後、父が伊藤家の養子となったため伊藤姓を名乗り、長じて俊輔、博文と称した。来原良蔵の紹介で吉田松陰の松下村塾に学び、桂小五郎、高杉晋作らとともに尊王攘夷運動に奔走。
 しかし、文久3年(1863年)イギリスに留学したのをきっかけに、開国・倒幕に論を転じた。明治維新後に頭角をあらわし、維新の三傑(西郷、大久保、木戸)亡き後は明治政府の中心人物として活躍、大日本帝国憲法の制定や国会の開設に力を注ぎ、日本近代化の礎を築いた。
 明治18年(1885年)初代内閣総理大臣に任じられ、名実とも明治政府の第一人者となった。第二次伊藤内閣では日清戦争を遂行、戦後は、全権大使として下関で日清講和条約を締結した。
 明治33年(1900年)には立憲政友会壮総裁として第四次伊藤内閣を組閣。日露戦争後は初代韓国統監となり、公爵となったが、ハルビン駅で暗殺された。
 ■伊藤公資料館
■資料館の沿革
  伊藤公資料館は、初代内閣総理大臣・伊藤博文の遺品等を展示して博文の
 業績を紹介するとともに、幕末までの日本の動きを学習する場として開設され
 ました。
  鉄骨造平屋建534.36平方メートルの本館の外観は、レンガ造りの明治風建
 築となっています。また、生家と旧伊藤博文邸の間に位置することから、「利助
 (博文の幼名)と博文を結ぶタイムトンネル」といった要素も持たせています。
 
■エントランスホール
  資料館の玄関を入ると、左に青年期、中央に壮年期、右に晩年の博文が入
 館者を迎えます。
 
■展示室
  博文が神奈川県大磯の別荘・滄浪閣で使用していた家具や、大礼服などの
 衣服、硯や筆、常に持ち歩いていた念持仏、昭和38(1963)年に発行された肖
 像入り旧千円札の第1号券等を展示しています。
  また、幕末から明治末までの日本の動きをパネルで展示するとともに、博文
 の生涯を6台のモニターによる映像で紹介しています。
 
■シアターホール
  100インチのスクリーンで、博文の「望郷」をテーマにした映像(約15分)を上
 映しています。
 
■リフレッシュコーナー
  博文の生家を見ながら休憩できるコーナーです。また、博文の幼年期のイメ
 ージ映像「利助の里」(約5分)を上映しています。

   ◆開館時間   9:00〜17:00(入館は16:30まで)
   ◆休館日    月曜日(祝日の場合は翌日)12月29日〜1月3日
   ◆入館料    一般      440円(350円)
             高校・大学生 330円(260円)
             小・中学校   220円(170円) ※( )内は20人以上の団体料金
   ◆TEL・FAX   0820-48-1623

  
 ■伊藤公記念公園
■旧伊藤博文邸(山口県指定有形文化財)

  明治42(1909)年、博文は遠祖・林淡路守通起の没後300年の法要を行うための
 別邸をこの地に建設するように命じ、同年10月14日に満州(現在の中国東北地区)
 へと出発しました。
  しかし、同年10月26日にハルピンで狙撃を受けて死亡し、完成した別邸を見ること
 はできませんでした。その別邸が、現在「旧伊藤博文邸」として保存されています。
 
■伊藤博文生家(復元)

  伊藤博文公(幼名・林利助)が6才まで過ごした家を復元しています。
  家の裏には、産湯に使ったとされる井戸や、幼年期に遊んだイチョウの木が現在も
 残っています。
 
 ■アクセス

 ◆JRで・・・山陽本線岩田駅 下車 タクシーで5分 または、市営バスで8分(伊藤公記念公園下車)
 ◆車で・・・・山陽自動車道 熊毛I.Cから柳井方面へ約5km(約6分)
        光市役所から約10km(約10分)


 ◆アクセスマップ→pdf形式 2.23MB









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